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一種の境界線。

  • 2008/09/21(日) 23:02:20

どうもいくりです、こんばんわ。

今日(というか実際には昨日)ですね、高校時代から親しくしている友人の誕生日だったんですよ。





自分たちの年齢で、誕生日を迎える。

それってつまりは、ハタチになるってことなんですよ。

もう数々の友人たちはとっくにハタチになっていってます。

ハタチ=大人

みたいな感じです。

なんかわくわくしますよね。





でもまぁ実際、ハタチになたからといって、何か変わるでもなく、今までと同じような生活が流れていくということも多々耳にします。

実際そうなのでしょう。

ハタチとか当然働いてる者もいれば、まだまだ学生で2年ならやっと来年就職、4年ならやっと学校生活の折り返しに差し掛かる・・・といったところでしょうか。

つまり、まだまだ子供なんですよね。

自分含め。

まだまだ親にめんどうみてもらっている輩のなんと多いこと。

自分含め。

そんな輩が、ハタチになったということで大人という枠組みの中に入れられる。

まだまだ子供にも関わらず。

成人、という名の称号を与えられる。

そう考えると、時々すごく不安になる。

自分はまだ子供。

でももう半年もしないうちにはもう大人の仲間入り。

大人のはずが、まだ自分のことすらはっきりしていない。

大人のはずが、まだ自分のことすらできていない。

でも実際、もっと年をとった人を見てみて、実質自立できている人ばかりだと言えるかと言えば、そうでもないのは認識している。

だから自分だって今の状態で大人の仲間入りをしたって大丈夫じゃないか、という考えも当然、ないわけではない。

でも、何か、得体の知れない、妙な不安がのしかかってくる。





今自分が抱えている問題を、全て取り払ってしまえばその不安も拭い去ることができるのかと考えた。

でもそれだけではダメなような気がする。

誰しも問題は抱えているはずだ。

無論、本当に大人である大人でも。

ならば大人、とはなんだろうか。

やはり、精神的に自立している、自立した考えを持っている、ということになるのだろうか。

そう考えると高校生でも精神的に自立していれば、大人ということになる。

でもそうすると、まだまだ親に面倒をみてもらっている、という点から考えると矛盾も生じてくる。








みたいなことを、友人の誕生日がくるたびに考えているいくりです。

なんなんでしょうかね。

でもひとつ言えること。

精神的に、早く自立した人間になりたい。

そう思ういくりでした。





なんか自分の誕生日が遅めだっていうことがここへきていい思考をもたらしてくれている気がします^^

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